おはようございます。こんにちは。こんばんは。あいさつはいろいろありますが、今あなたがたがこの手紙を読んでいる時刻に合わせて応じさせていただければと思います。ぼくの推測では、あなたがたがこの手紙を読んでいるのは早朝なので、「おはようございます」だけに留めておけばよかったのかもしれませんが、きっとあなたがたは、この手紙を何度も読み返すと思ったので、時刻すべてに対して不自然のないよう、書き添えさせていただきました。どうぞぼくと会話している気持ちで、手紙を読み進めてください。
現在、あなたがたが必死になって捜査している某マンションの女子高生殺人事件についてです。いつの間にか「殺人事件」となり、それは犯人、つまりぼくの「計画的犯行」という見方に傾きつつあるようですが、それはあなたがた警察の勝手な見解であり間違いであることを通告したく、ぼくは手紙を投函しました。関係のないことに話を引き込みますが、ぼくはこの手紙を書くという行為に貴重な時間を割いています。ぼくはあなたがたのように人を勝手に犯人と決めつけたり、また、暇だからと言ってスナック菓子を食べたりするような人間ではないので、こうして机に向かっている時間すら惜しいのです。そのあたりはわかっておいてください。
彼女が死んだのは、本来ならありえない現実のはずでした。確かにぼくは彼女をバットで殴り、死に至らしめました。が、犯人であるべきではないということを理解していただきたいのです。
ぼくは、世間一般には彼女の弟ということで、彼女の恋人と暮らしていました。詳細は省くものの、複雑な事情があり、ぼくは自分の親と生活することができなかったのです。それどころか、親が生きているのか死んでいるのか、生きているとして連絡すらつかない状況です。これはすべて本当の話であり、今も続いている現状でもあります。
そこでぼくはわけあって彼女の恋人と生活することになりました。実を言うとぼくは彼を本気で撲殺しかけたことがあるのですが、なにぶん彼は異様に物好きな性格らしく、殺人者になりかけたぼくに居候になることをすすめたのです。ですから、少なくとも、ぼくと彼の間にはなんの問題もありません。事実、ぼくと彼はお互いに助け合う仲であり、よき友人です。
彼女のほうとも、しばらくの間は問題なく、それなりにうまくやっていました。ぼくを弟だと、家を訪ねたときにたまたま居合わせた友人に紹介して頭を胸に引き寄せ、かわいい顔をしてるでしょ、と言ってくれました。彼女は優しかったのです。
ですがそれは、彼女がぼくが殺人者のなり損ないであると知らなかったからです。ぼくは彼を殺そうとしたのに罪悪感を感じていませんが、そんなことをこの世間で言えるはずがありません。彼女と彼女の恋人は遠距離恋愛だったので、彼女はぼくが一時期少年院に入っていたことを知らなかったのです。非行少年を包み込んでくれるオブラートのような、少年法のおかげです。
彼女がぼくの過去を知ったのはほかでもなく、恋人である彼自身が耳打ちしたからでした。そのとき、たまたまぼくと彼はちょっとした口論になってしまっていました。彼と同じ空気を吸いたくなかったぼくですが、居候しなければ今晩寝る場所すら確保できません。行く場所は、最初から彼女の住まいに決定していました。彼の仕事の都合で、ぼくたちはひとところにとどまることが少ないです。つまり、そのときは、彼女と彼が遠距離でない恋愛をしていたということです。
ぼくに腹が立った彼は、ひっそりと彼女にぼくの経歴を語ったようでした。おとなげないといえばそうなのですが、なにせ彼もまだ高校生です。おさえきれない部分もあるのでしょう。ぼくがバットを使って彼を殴り殺そうとしたことを、面白おかしく話したと聞きました。
ぼくは特に焦りませんでした。ぼくは少年院で更正しているはずなので、過去に犯した過ちを振り返って泣くようなことはありません。車の助手席に乗っていて、淡々と流れていく景色を見ているような感じです。それがぼくにあるべき当たり前の過去だからです。
焦らなかったのは彼女も同じでした。むしろ彼女は好奇心をくすぐられたようで、ぼくに殺そうとしたときの状況や心境を詳しく聞いてきました。
隠す必要もないので、ぼくは彼女にそのときのことを話して聞かせました。しかし話しているうちに、突然、ぼくはなにをしているのだろうと不思議な気持ちになりました。考えてみてください。自分が他人を殺そうとしたのはあくまでも自分たちの問題であり、第三者になんら関係はありません。隠す必要もないが、話す必要もないとぼくは考えたのです。ぼくは自分が無駄なことをしたと思い、うんざりした気持ちになりました。ぼくは無駄なことが大嫌いです。
よってぼくは彼女を殺すことにしました。ぼくは無駄なことをするのは見るのも耐え難く、まして自ら行うなど自宅に唐突に巨大な隕石が落下したようなショックです。彼が彼女と別れない限り、ぼくは何度も、無駄なことしてしまった原因の彼女の顔を見なくてはなりません。それが耐えられませんでした。自分の名誉を守るために、彼女を殺すしかなかったのです。
あなたがたを含めたほとんどの人は、ぼくの名誉など知ったことではないでしょう。その通りです。確かにその通りですが、そう思うことがすでに引き金になっているのだと気づきませんか。察しがつきませんか。あなたがたは、そのようなことをたった一度でも考えたことはありますか。
ぼくはただ、自分自身の名誉を守るために邪魔だった彼女を排除したに過ぎません。自宅の庭にどこかの汚い猫が入り込めば、あなたは怒り猫を追い払おうとするでしょう。それと同じです。単に障害となる対象が異なっているだけという、つまりはそういう話です。
説明が長くなりましたが、以上の事情により、ぼくは今回の事件の犯人であるべきではないのです。おわかりいただけたとは思いますが、すべては風が吹くような自然の出来事なのです。よってぼくは殺人者に変わりありませんが、警察がわざわざ身を乗り出して捜査するほどではないということです。
忘れていたので書き足しておきます。ぼくが彼女を殺害するにあたってバットを使ったのは、以前に彼女の恋人を撲殺しかけた凶器もバットだったからです。殺すついでに、あなたの恋人はこんなふうにして殺されかけたんだよ、と教えてあげるためです。とは言え、彼女の家にバットがあったのは偶然ですので、捜査する必要性はありません。彼女を殺害したのは突発的で、計画性などかけらもありませんでした。殺した時間もそう発想した時間もほぼ覚えていません。もちろんバットも、ぼくが彼の部屋から持ち込んだものなどでは断じてありません。
文章を書く手もだいぶ疲れてきたので、そろそろ打ち切ろうと思います。
けれど、念を押させてください。
ぼくは、ただ、自分自身の名誉を守っただけです。彼女は名誉を守るために必要な犠牲でした。頭が狂っていると言われようと罵られようと、これがぼくという存在でどうすることもできません。ぼくは名誉を守ることが唯一の生きがいなのだとわかってください。
こう綴っても、まだぼくのことを身勝手な殺人者と主張する人はいるでしょう。そんな生きがい捨ててしまえという人もいるでしょう。そのような人たちはそれで構いません。それがその人たちの存在というものですから。
ただし、それはこういう意味でもあります。
生きがいを捨てて事実上ぼくに生きるなと言っている、つまりぼくに対する、破滅的な願望を抱いていると。さらにそれを肯定するのなら、大げさに言えば、人ひとりに対し、強い殺人願望があるということでしょう。
それもいいでしょう。人殺しは罪でも、夢想するだけなら罪には問われません。けれどぼくのように、実行に移さなければならない人間もいるのです。
確かに彼女は殺されました。それは揺るがしようのない事実であり、認めます。ですがこれだけは忘れないでください。彼女が死んだのはぼくの名誉を守るためであり、また、彼女の死そのものも決して無意味ではないということを。
ぼくが犯人であるというのなら、同時にぼく自身の英雄でもあるということを、頭のどこか片隅にでも置いておいてください。
それでもぼくを逮捕したいというのなら、どうぞ全力をあげてぼくを見つける努力をしてください。見つかるかどうかはあなたがた次第です。
長い文章を読んでいただき、ありがとうございました。あなたがたの中に殉職されるかたがいないことを、心から祈っています。
2008年1月20日
関係機関の皆さんへ