僕がこの世に生まれ落ちて12年、思い返せば早いものでした。
12歳なんてまだまだ幼いし「愛」なんていうものは、僕にはよくわかりません。
けれどひとつだけ確かなことは、その当時の僕もほかのみんなのようにおかあさんに愛されたかったということです。
僕もおかあさんの作ったごはんが食べたいと思ったし、おかあさんと一緒に靴を買いに行きたいと思っていました。
でもおかあさんは、いつだってお化粧ばかりしていました。
おかあさんはきれいな人です。
だから、僕に初めておとうさんができたのは、至極当然の話だったと思います。
おかあさんはおとうさんを家で待つようになりました。
僕のためにお茶碗を買ってくれました。
僕のためにお弁当やおやつを作ってくれるようになりました。
おかあさんは幸せになりました。
僕も幸せになりました。
おとうさんも幸せになりました。
僕は、やっと人並みの幸せを手にしたのです。
だから僕は、この幸せをおびやかす存在が許せません。
もしそんな存在が目の前に現れたなら、僕はきっと、その存在をめちゃくちゃに壊してしまうでしょう。
その存在が、僕の幸せを壊してしまう前に。
おとうさんが家に帰らない日が続いて、おかあさんばかりが家にいるようになりました。
食卓にはいつも3人ぶんの食器とおかずが並ぶのに、実際にいるのは2人だけです。テレビをつけても寂しく感じます。
なにより僕は、ごはんを食べ終えてしばらくした後、おかあさんが寂しそうな横顔でおとうさんのぶんのおかずを捨てているところを見るのが悲しいです。
捨てるくらいなら僕が食べるよ、と言っても、おかあさんはただ微笑むだけです。
昔は僕にごはんをくれなかったけど、今は本当にいいおかあさん。
僕はおかあさんが大好きです。
だから僕は、おかあさんに悲しい顔をさせる存在が許せませんでした。
僕がこの世に生まれ落ちて12年、思い返せばこれほどの決断はしたことがありませんでした。
けれど僕は、僕とおかあさんの幸せをおびやかす者が許せなかったのです。
おとうさんは生きていてはいけなかったのです。
僕とおかあさんの平安を打ち砕く悪いおとうさんは、死ななければなりませんでした。
おとうさんが通っているその「巣窟」は、深夜にめらめらと燃え上がりました。
赤い炎、舞い上がる火の粉がとてもきれいでした。
月光を覆い隠すような輝きでした。
僕はあの光を、きっと一生忘れないと思います。
「ばいばい、おとうさん……」
おかあさんをいいおかあさんにしてくれたおとうさん、あなたに感謝します。
おかあさんはいいおかあさんだから、きっと僕のしたことを知っても、僕を咎めたりしないでしょう……
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